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Let’s HDR! Vol.4 「HDR/SDRゲインとトーンマッピング機能」

4 HDR/SDRゲインとトーンマッピング機能

EDIUS 9.4で、「HDR/SDRゲイン」と「トーンマッピング」の機能が追加されました。これらは、プライマリーカラーコレクションによるHDRとSDRの間のカラースペース変換の際に適用できます。
この機能により、基準白を好みのレベルに設定して撮影・編集したHDR信号とSDR信号とを、簡単に高品位で変換できるようになります。
その機能を理解していただくため、HDR信号の基準白、HDRとSDRを変換する際のゲイン、および、ソフトクリップについて解説します。

4-1 SDRとHDRの基準白

従来のSDRカメラで図1のようなシーンを撮影する場合の露出調整について考えてみましょう。

どのように露出調整するかは制作意図によって異なりますが、基本的には図2のような信号レベルになるよう、調整されると思います。

注目する被写体は太陽の塔で、日光を浴びている白い本体部が明るく見えているのを表現したいとしましょう。その部分の波形は図の赤線で囲んだところですから、これがIRE100%をぎりぎり超えないくらいに設定しました。これよりもっと露出を上げると、本体部の明るいところが平らな白色に潰れてしまうので、そうならない範囲で塔が最も明るく見えるようにした結果です。

このようにSDRカメラでは、特殊な制作意図がない限り、適正な露出レベルがほぼ一意に決まります。しくみのうえで、これより大幅に上げたり下げたりできる余地は残っていません。

 

それでは、HDRカメラの場合はどうでしょうか?HLG方式のカメラを例に取り上げましょう。

同じ被写体をHLGカメラで撮影する場合、SDRの場合と同じように、本体部の明るいところが潰れない範囲で最も明るく見えるよう、図3のように調整すればどうでしょうか?

実はこれは大幅な露出過大です。カメラによって、またその設定によっては、ここまで上げることができず、途中でクリップされるものもあります。

3の波形では、太陽の塔本体の映像が潰れているわけではないのに、なぜだめなのでしょう?

1の映像をよく見ると、最上部の金属製の顔(?)の中に、光を反射して明るく光っている部分があります。ここは鏡のように反射しているので、白い本体部分に比べて格段に輝度が高く(これをハイライトと呼びます)、SDRのディスプレイ上で再現することが困難でした。SDRの信号規格でも、そのような高い輝度を記録する余地が残っていませんでした。図2100%を少し超えたところまで伸びている部分がありますが、これが明るく光っている部分に対応します。これは白い本体部分とそれほど変わらないレベルまでクリップされており、ディスプレイ上でもあまり明るく表示されません。我々は映像を見るとき、経験上から、そこが光っているように頭の中で認識していたに過ぎません。

それに対してHDRでは、このような高い輝度もディスプレイ上で再現することが可能になります。金属面やガラス面がキラキラ輝いている被写体や、ランプや炎のように自身が発光している被写体でも、実際に明るい光で再現することができ、SDR映像よりはるかにリアリティー豊かな映像を実現できます。

それを可能にするためには、ハイライト部分に割り当てる信号レベルを残しておかなければなりません。図3の波形では、塔本体の最も明るい部分を信号範囲の最大値まで上げてしまっているので、それより明るい部分を記録できません。もっと露出を下げて、信号レベルを落とす必要があります。HDRでは、そうしても塔本体は普通に明るく表示されます。

ではどこにすれば良いのでしょう?

HDR方式が決められたときの元来の考え方は、ハイライト以外の通常の被写体はSDRでも表示できていたのでそれと同じ輝度で表示し、ハイライト部をそれより明るい輝度でディスプレイ上に表示するというものです。SDR信号の100%は、基準ディスプレイでは100nitsの明るさで表示されます。したがって、これに合わせるためには、塔本体の最も明るい部分が100nitsで表示されるHLG信号のレベルになるよう、露出調整すればよいことになります。そのようにした結果が図4の波形です。

カーソル表示機能をオンにして、100nitsのところにカーソルを表示し、目安としています。この波形を見ると、金属の顔の光っている部分は、突出して高いレベルになっていることがわかります。このように、ハイライトの輝度が十分に高いレベルまで記録され、ディスプレイはそれに応じた高い輝度で表示するので、リアリティー豊かな美しい映像が再現できます。

ところが、実はこの信号では表示が全体的に暗すぎます。SDR信号の100%SDRディスプレイで100nitsの明るさで表示されると先に書きましたが、これは暗くした視聴ルームで見ることを前提としたマスモニの場合で、家庭で見ているSDRテレビの映像はもっと明るく表示されています。いっぽう、HDRテレビの場合は、100 nitsの信号は、文字どおり100 nitsか、場合によってはそれより暗い表示になることさえあります。そのため、家庭用のテレビで見るとHDRよりもSDRのほうが明るくて見栄えがする、というケースがしばしば起こります。

これに対処するためには、HDR信号のレベルを図4よりも上げる必要があります。かといって図3では上げすぎなので、その間のどこかになります。しかし、原理的にこれでないといけない、という値がないのです。上げすぎてもいけないが、上げすぎたからといって主要な被写体の映像が潰れるわけではなく、映像として成り立ちます。個人の好みや、組織ごとに決めた基準に従うことになり、大きなばらつきが生じることが予想されます。

テレビ放送では、番組ごとに明るさの印象が変わったり、チャンネルを替えると明るさに違いが感じられたりすると良くないので、運用基準が決められました(ARIB TR-B43「高ダイナミックレンジ映像を用いた番組制作の運用ガイドライン」)。

これによると、「基準白」のレベルをHLG信号の75% にすることになっています。HLG信号の75% は、標準とされるディスプレイでは203nitsの明るさで表示されます。

基準白とは、正確には「輝度率100 %の均等拡散反射面を撮像した際のHLG の信号レベル」ということですが、ここではおおまかに、金属面やガラス面がキラキラ輝いている部分や、ランプや炎のように自身が発光している部分以外の、通常の被写体の中で最も明るいところ、と考えることにします。図1の映像では、塔の白い本体の中で最も明るいところをこれとみなします。ここがHLG信号の75% になるようにする、ということです。これは203nitsの明るさなので、図4の場合の約2倍の明るさになります。

このように調整した場合の信号波形は図5のようになります。

放送用コンテンツの場合は、ほぼ上記の運用ガイドラインに沿って制作する必要があると思われますが、そうでないコンテンツでは、制作者の意図によってさまざまなレベルで制作されることも考えられます。

「基準白」の信号レベルは、個々の運用方針によって大きな幅があると思われます。

4-2 SDRとHDRの変換

SDR映像とHDR映像を相互に変換することが必要になる場合があります。

たとえばHDRコンテンツを制作する場合、現状ではHDRを視聴できない環境も多いので、多くの視聴者に内容を見てもらうためには、HDRSDRに変換して、SDR版のコンテンツも用意しておく必要があります。

また、HDRコンテンツを制作するにあたっても、一部の機材がSDRのものであった場合や、アーカイブされていた過去のSDR映像を利用する場合などでは、SDRHDRに変換して、HDR編集の中の一部のクリップとして利用することが必要です。

EDIUSでは、これらの変換はプライマリーカラーコレクションで行うことができます。

前節で、基準白の信号レベルについて、SDRではほぼ一意に決まるのに対して、HDRでは個々の運用方針によって大きな幅があり、放送用のガイドラインとして決められた値も、元来の想定とは違ったレベルになっていることをご説明しました。ということは、SDRHDRの相互変換を行う際には、カラースペースの変換だけでなく、輝度レベルの調整も行うことが必要で、しかもその調整量は運用方針によって変える必要があることになります。

それを実現するため、EDIUS 9.4で「HDR/SDRゲイン」という機能が追加されました。

5のようなHLG信号をSDR信号に変換する場合を考えてみましょう。HLGでは203nitsで表示されている塔の本体部分は、SDRになると、図2のような100nitsの信号になるのが望ましい変換です。

つまり、信号の輝度を 100 ÷ 203 0.4926 倍する必要があります。これを指定するのが、「HDR/SDRゲイン」の設定です。「HDR/SDRゲイン」はデシベル(dB)単位で表します。0.4926 倍はデシベルで表すと、20 × Log 0.4926 – 6.15dB)ということになります。「HDR/SDRゲイン」には、これからマイナスを取って、6.15という値を設定します。そうしておけば、図5のようなHLG信号をBT.709に変換すると、輝度も同時に調整されて図2のような信号になります。

従来の設定では輝度の調整が入らないので、203nitsHLG信号は、同じく203nitsBT.709信号に変換されます(変換基準にディスプレイライトを選んだとき)。しかし、BT.709信号では203nitsを表現することができないので、上端でクリップされ、いわゆる白とびの状態になります。「HDR/SDRゲイン」の設定によって、これを改善できるようになりました。

今度は逆に、図2のようなSDR信号をHLGに変換する場合を考えます。HLGに変換するといっても、HDRの基準白の信号レベルは運用方針によって異なるのでした。そのため、まず基準白の信号レベルの運用方針を決めておく必要があります。ここでは、放送用の運用ガイドラインに沿って、203nitsを選択することにします。そうすると、100nitsSDR信号を203nitsHLG信号に変換することになるので、信号の輝度を203 ÷ 100 2.03 倍する必要があります。これをデシベルで表現すると、20 × Log 2.03 6.15dB)になります。「HDR/SDRゲイン」には、先ほどと同じ6.15という値を設定します。こうしてBT.709からHLGに変換すれば、輝度も同時に調整されて図6のような信号になります。

従来の設定では輝度の調整が入らないので、100nitsBT.709信号は、同じく100nitsHLG信号に変換されます(変換基準にディスプレイライトを選んだとき)。この信号をHLGテレビで見ると、SDRのときより全体的に暗くなり、見栄えしない表示になります。「HDR/SDRゲイン」の設定によって、これを改善できるようになりました。

5と図6を見比べてみましょう。

どちらも仮想的にではありますが、図5HLGカメラで撮影した信号であり、図6は同じ被写体をBT.709カメラで撮影し、その信号をHLGに変換した信号です。基準白レベル(203nitsのカーソル)より下の部分はほぼ同じですが、基準白より高いレベル(ハイライト)は、HLG撮影ではかなり明るいところまで記録できているのに対して、BT.709撮影では基準白レベルに近いところでクリップされてしまっていることがわかります。このように、HDRのメリットは、SDRでは切り捨てられていた基準白より明るい部分も十分に残し、よりリアルで美しい映像が実現できることです。見かたを変えると、基準白より下の部分はHDRでもSDRでもほとんど変わりがない、ということもできます。

 

少し話がそれたので元に戻すと、上のように、「HDR/SDRゲイン」に6.15を設定しておけば、基準白レベルが203nitsHDR映像と、SDR映像との間を相互に変換ができます。

HDRの基準白レベルを203nits以外の値に想定する場合は、それに応じて「HDR/SDRゲイン」の値を変えます。0.01dB単位で数値入力ができますが、代表的な値として036912 dBの値がプルダウンメニューから選べるようになっており、これらから選ぶと操作が簡単です。また、上にみたように、放送用運用ガイドラインに従うと6.15 dBなので、この値もプルダウンメニューから選べるようになっています。

表1に、HDR/SDRゲインとHDR基準白レベルの輝度値の対応表を用意しました。

HDR/SDRゲインの設定は、高いダイナミックレンジを持つHLGPQや各種のLog信号と、BT.709などのSDR信号とを相互に変換する場合にのみ効力があります

4-3 変換基準について

カラースペースの変換には、ディスプレイライト基準で行うか、シーンライト基準で行うかを選択できます。デフォルトはディスプレイライト基準です。

ディスプレイライト基準では、表示される映像の輝度トーンが変わらないように変換するのに対して、シーンライト基準では、それぞれのガンマ規格で既定の輝度トーンカーブ(OOTF)が適用され、その規格に特徴的なトーンが得られます。

シーンライト基準では、表示輝度が基準なのではなく、ガンマ規格ごとの数式がそのまま適用されるため、従来のプライマリーカラーコレクションでは、変換結果の輝度レベルがカラースペースごとにまちまちになっていました。

EDIUS 9.4HDR/SDRゲイン設定を有効にした場合には、ディスプレイライト基準でもシーンライト基準でも、カラースペースの変換だけでなく、全体的な輝度の調整が加えられます。その結果、基準白の輝度がそろうので、とても使いやすくなりました。HDRSDRの間の変換を行う場合の基準白の輝度を示す表1の値は、ディスプレイライト基準とシーンライト基準のどちらの場合にも共通です。

すなわち、ディスプレイライト基準の場合とシーンライト基準の場合とで、変換結果の基準白レベルの輝度は同じですが、トーンが違うので、それ以外の部分の輝度は異なります。ただし、PQとHLG以外の各種Log信号は既定のトーンカーブを持たないので、LogからLogへの変換では、ディスプレイライト基準とシーンライト基準のどちらを選んでも結果は同じです。

4-4 トーンマッピング

次に、HDRからSDRに変換する際に効果的な「トーンマッピング」についてご紹介します。

7のシーンをHLGカメラで撮影し、図8のように露出調整しました。この場合は、前面の木々を主役に据えたいので、木々の部分に注目して露出を調整しました。その結果、背景の太陽の塔は203 nitsを大きく超える輝度になりましたが、想定している基準白はあくまで203 nitsです。

太陽の塔は203 nitsを大きく超えていますが、標準とされるHLGディスプレイで表示すると、潰れることなく明るく表示されます。これでは背景がまぶしく、主役の木々がかすんでしまう、と考えられる場合には、カラコレによって太陽の塔の明るさを抑えることもできます。しかし、ここでは、実際の見た目にできるだけ忠実にするという観点で、そのままにしました。このように、演出意図に合わせるためのカラコレの自由度が高まることが、HDRのメリットのひとつです。

さて、HDR版はこれでOKとして、この映像のSDR版も作成したいとします。そのためには、前節で述べたように、プライマリーカラーコレクションを使用し、HDR/SDRゲインを6.15に設定して、HLGからBT.709に変換すればいいわけです。そのようにしてみると、BT.709の映像は、図9のようになりました。

これを見ると、木々の部分は意図通りの映像になっているのですが、太陽の塔の白い部分が完全に潰れてしまい、見苦しいものになっています。この映像の波形を見ると、図10のように、塔の明るい部分が完全に範囲を超えていて、平らにクリップされていることがわかります。

このような場合に、「トーンマッピング」の設定で「ソフトクリップ」を選択すると、好ましいSDR映像を得ることができます。「ソフトクリップ」を有効にした場合の映像は、図11のようになります。図ではわかりにくいですが、塔の本体部の表面の凹凸や質感がかなりの程度再現されています。いっぽう、主役である木々は、クリップを行わない図9とほとんど変わりがありません。

この映像の波形は図12のようになっており、明るい部分が穏やかに圧縮されて、BT.709の信号範囲に収まっていることがわかります。

ソフトクリップを有効にすると、次のことが起こります。

  • 表現できる最大輝度が高いガンマの信号から、それより低いガンマへ変換する場合にのみ効力があります

特に、高いダイナミックレンジを持つHLGPQや各種のLog信号から、BT.709などのSDR信号に変換する場合に大きな効果があります

  • 基準白レベルに近いところから徐々に穏やかに輝度を抑えてゆくので、基準白レベルを大きく超える部分があっても、完全に白く飛んでディテールが全く失われることを緩和します
  • 基準白レベルよりある程度以上低い輝度の部分(主要な被写体の大部分はこの範囲に入ります)には、ほとんど影響がありません

 

このように、ソフトクリップは、HDR撮影された素材をSDRに変換するときに大きな効果があります。

ただし、もともと図5のようなHDR信号であった場合には、ソフトクリップを使わなくても自然なSDR映像を得ることができるので、素材に応じて適宜効果を確認すればよいでしょう。

とはいえ、図5のような信号にソフトクリップを有効にしてもそれほどデメリットはないので、複数のシーンや作品単位でHDRからSDRに変換する場合には、常にソフトクリップを有効にしていても問題ありません。

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