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Let’s HDR! Vol.1 「そもそもHDRって何?」

1-1 HDRとSDRの違い

HDR(High Dynamic Range)は、被写体の際立って明るい部分も白飛びすることなく、明るくリアルな映像を表示できるようにする仕組みです。これと区別するため、従来の映像表現の仕組みをSDR(Standard Dynamic Range)と呼んでいます。

まず、SDRについておさらいしておきましょう。SDR映像とその信号の様子を図1に示しました。図の中の上側は映像で、その下には信号の輝度レベルをウェーブフォームで表示しています。

被写体の多くは照明光を散乱して反射する拡散反射をおこないます。これに対して、磨かれたガラスや金属などの被写体は、照明光を鏡面反射して一部分が明るく輝きます。このような部分をハイライトと呼びます。ハイライトはその他の部分に比べて非常に高い輝度を持っているので、SDR信号で表現できる範囲を超えてしまい、その他の部分とあまり変わらない明るさまで切り詰められてしまいます。いわゆる「白とび」の状態です。ハイライトは小さな部分であることが多いので、見るに耐えないような映像になることは少なく、この状態で妥協していたのです。

その理由のひとつには、ディスプレイの最大輝度が低かったことがあります。どのみちディスプレイ上で明るく表示できないので、ビデオ信号としても、ハイライト部分は切り捨てて、それ以下の輝度範囲だけを表現できれば十分だったのです。そのため、SDRでは基本的に、被写体のハイライト部分以外の輝度を信号レベルの0%から100%の範囲に対応させています。つまり、通常の被写体で最も明るいものが100%に対応するよう、露出が調整されます。

実例で見てみましょう。図1では、中央のガラス容器の下側の周囲に白い布を巻き付けてあるのですが、その中央あたりが最も明るいので、それを信号の100%に対応させています。その結果、ガラス容器の上側のガラス表面で反射するハイライトは、ほとんどすぐにクリップされてしまい、ディスプレイ上で際立って明るく表示されることはありません。そのために、ガラス表面の光沢感が損なわれて、実在感が乏しくなってしまいます。

現在のディスプレイ技術では、高輝度で表示する潜在能力があります。しかし、SDR信号では高輝度部分を記録することができないので、表示できません。そこで、新しい信号系が開発されました。それがHDRです。そこでは輝度と信号レベルの対応付けの取り決めが変更されました。図2のように、信号レベルの100%よりかなり低いところが、通常の被写体のもっとも明るい輝度に対応します。これより低い範囲の信号で、SDRのときに表現できた輝度範囲が表現できるわけです。これより高いレベルの信号が、SDRで表現できなかったハイライト部分に対応します。

ここでの通常の被写体とは拡散反射を行うもののことですが、そのうち、どの波長の光も吸収することなく反射する白色のものが、もっとも明るくなります。それをdiffuse whiteと呼んでいます。適当な訳語が見当たらないので、英語のまま表記することにします。

HDR対応ディスプレイは、このような取り決めに従って高い輝度まで表示できるように作られているので、ハイライト部分は通常の被写体部分より際立って明るく表示します。その結果、まるでそこに実物があって明るく輝いているかのような、リアリティー豊かな表示が可能になります。

1-2 ガンマ

図2を見ると、信号レベル0%から100%までの範囲のうち、下から4分の3くらいが通常の被写体の明るさに対応付けられ、ハイライト部に対応するのは、その上の4分の1くらいになっています。この割合は、HDRの規格によっても異なり、また同じ規格を用いていても、diffuse whiteの信号レベルをどれくらいに保つようにアイリスを調整するかの運用によって異なります。しかし、どの場合でも概ね、diffuse white以下の部分に比べて、ハイライト部分は同じくらいかまたは少ない割合になっています。ところが、実際のハイライトの明るさは、diffuse whiteの何倍、何十倍もあります。とすれば、上のような信号で、ハイライトの明るさが十分に表現できるのでしょうか?

実は、明るさと信号レベルの対応関係は均一ではないのです。このような性質は、HDRより緩やかですが、SDRにもありました。SDRの場合から順にみてゆきましょう。

図3は、SDRカメラがとらえた被写体の明るさと、出力されるビデオ信号のレベルとの関係を模式的に示したものです。上下の矢印の間隔を見ると、右側の信号レベルは一定の値ずつ上がっているのに対して、左側の明るさでは上にいくほど間隔が広くなっています。信号には、ディジタル信号ならそのビット数で、アナログ信号なら総合的なノイズ量で決まる、一定の分解能があります。それが図3のような関係で明るさと対応しているのですから、暗い部分は絶対量として小さな変化まで表現できるが、明るい部分は大きな変化しか表現できない、ということになります。

人の視覚も同じように、暗い部分は小さな変化まで検知できるが、明るい部分は大きな変化しか検知できない、という特性を持っています。人が検知できないような変化を信号で表現したとしても無駄ですので、信号もそんな特性に合わせることにより、必要最小限のビット数で効率よく映像を記録できるようになっています。

このように、カメラがとらえた被写体の明るさと、出力されるビデオ信号のレベルとは比例していません。ビデオ信号は、明るさをそのままの形で伝えるのではなく、明るくなるほど、大きな輝度範囲を狭い信号範囲に圧縮するようになっています。明るさに関して、意図的に歪ませた対応関係で記録しています。この特性(歪ませ具合)をOETFと呼んでいます。OETFはビデオ信号規格の中に数式で決められています。

ビデオ信号をディスプレイで表示するときには、図4のような対応関係で発光させます。カメラが記録するときには、明るさに対して歪ませて記録すると説明しました。表示するときには、ディスプレイの中で、その歪みを戻すようにして表示しています。その戻し方の特性をEOTFと呼んでいます。このような仕組みによって、信号レベルを効率よく使いながら、映像を高画質に再現できるようになっています。

この考え方は、SDRでもHDRでも、また何種類もあるビデオ信号の方式のどれでも、共通です。しかしOETFとEOTFの具体的な特性は、それぞれの方式ごとに違っています。ビデオ信号は、どの方式で記録されたものかがわからなければ、正しく再生できません。つまり、使用したOETFと使用すべきEOTFの種類を知っておく必要があります。「OETF / EOTF」といちいち記述するのは煩わしいので、EDIUSではまとめて「ガンマ」と呼んでいます。技術的には必ずしも正確な表現ではないですが、ビデオに携わる方にはなじみやすい用語ですので、広い意味での「ガンマ」として使用しています。それ以外の呼び方として、「非線形伝達関数」とか単に「伝達関数」という場合もありますが、一般にはなじみの薄い用語なので、EDIUSでは使用していません。

ところで図3を見ると、基準白より明るい光が入力されても対応する信号値がありません。そのため、すべて基準白と同じ信号値を出力することになります。ハイライト部分はなくなってしまい、基準白と同じ明るさになります。つまり、SDRのガンマでは、基準白より明るいハイライト部分を記録しディスプレイ上で再現することができないのです。

さて、それではいよいよHDRです。HDRでは、カメラがとらえた被写体の明るさと出力されるビデオ信号のレベルとの関係は、図5のようになっています。

このように、通常の被写体の中で最も明るいDiffuse Whiteの信号レベルは100%の位置ではなく、それより低くなっています。そのため、高輝度のハイライト部分を記録できる余地が残っています。ただ、高輝度になるほど信号レベルの上がり方が小さくなっていて、圧縮して記録されていることがわかります。ハイライト部分が信号レベル全体に占める割合は比較的小さいのに、輝度としては通常の被写体部分の何倍もの範囲に対応しています。

このように記録されたHDR信号を、それに対応したディスプレイに送ると、図6のように表示されます。通常の被写体はSDRと同様に表示されますが、それに加えてハイライト部が明るく表示されます。これによって、ガラスや金属などの鏡面反射する被写体や、ランプなどの自身で発光する被写体なども、生き生きとリアルな感じでディスプレイ上に再現されます。

以上のように、シーンの高輝度部分も含めて効率よく信号に記録し、それをディスプレイ上に再現するしくみが、HDRです。そしてそのしくみを規定しているものがガンマです。

1-3 EDIUS 9.4で対応しているガンマ

表1に、EDIUS 9.4で扱うことができるガンマの一覧を示します。

従来のSDRに使われているガンマは、BT.709規格で決められているものです。BT.709規格には、ガンマ以外にも、後で説明するガマットやディジタル信号の構成方法など、たくさんの項目が規定されています。BT.709ガンマとは、BT.709規格のなかのガンマ規定、という意味です。同様にBT.2020という規格でも多くの項目が規定されていますが、そのなかのガンマ部分はBT.709規格と基本的に同じです。ですので、EDIUSのガンマ項目にBT.2020はなく、BT.709で代表されています。

 

SDRには、これ以外に、Sonyの709(800)というガンマがあります。これはBT.709ガンマをベースにして、高輝度部分が失われることによって映像が不自然に見えることをできるだけ軽減するように変更されたものです。HDR信号には高輝度部分が保存されていますが、それをSDRに変換する場合、高輝度部分を切り捨てなければなりません。その結果、明るく光っている部分が白一色につぶれて不自然な印象を受ける場合があります。BT.709ガンマの代わりに709(800)を使用することで、高輝度部分が穏やかに抑えられ、不自然な印象を軽減できます。

以上のもの以外はHDRガンマです。このうち、BT.2100 HLGとBT.2100 PQは、家庭用TVで使われているものです。BT.2100というのは規格番号ですが、HLGやPQというガンマ自体はそれぞれ別の規格で決められたものです。BT.2100規格がそれらを運用する際の詳細規定を補足していて、EDIUSはそれに従っているため、BT.2100 HLGとBT.2100 PQという表記になっています。

残りのガンマには、名称にLogという文字が含まれています。Logは基本的にカメラに搭載されるガンマで、各カメラメーカーが、それぞれ自社独自のLogを規定しています。Logは編集素材のガンマだと考えてよいでしょう。Log素材を読み込み、編集過程でそれらをHLGやPQに変換して最終出力する、というのが基本的なHDR制作の流れです。

ただ、HLGで撮影できるカメラも登場しています。その場合には、変換を行わずに配布・配信用のコンテンツを出力できるメリットがあります。一方Logには、記録できる輝度や色の範囲や編集のしやすさなど、各カメラメーカーが工夫を凝らした特徴があるので、どの方式を使用して撮影を行うか、検討する必要があります。もちろんEDIUSは多くのフォーマットを読み込むことができ、それぞれの方式を互いに変換できるので、好みのスタイルで編集作業を行うことができます。

1-4 ガマット

「光の三原色」という原理はよくご存知のことと思います。3種類の色の光を混ぜ合わせれば、その混合比に応じてあらゆる色の光を作ることができる、というものです。ビデオディスプレイでは、その原理を利用して、少なくとも3種類の発光素子を並べて、それらの強度を調整することにより、いろいろな色を作り出しています。三原色にはふつう、赤(R)と緑(G)と青(B)が選ばれます。しかし、たとえば赤といっても、鮮やかな赤、くすんだ赤、青みがかった赤、緑がかった赤など、いろいろな赤があります。三原色の赤は、どの赤なのでしょう?

答は、どの赤でも三原色のひとつになり得る、というものです。原色というと、一般的には純粋で鮮やかな色を思い浮かべますが、光の三原色の原色とは、色を表すための基準になる色ということで、必ずしも純粋な色ではありません。理論的には、独立した色であればどんな3つの光でも、混合してあらゆる色の光を作ることができます。ただし、それにはそれぞれの原色の強度にマイナスの値も想定しないといけません。

現実には、マイナス強度の光は存在しません。実際の3つの光を混ぜると、その結果の色は、それぞれの光の色より鮮やかさが減少してグレーに近づきます。三原色の光を混合することで、それぞれの原色より鮮やかな色を作り出すことはできません。ですので、ディスプレイの三原色としては、できるだけ鮮やかな色を選ぶほうが、より広い範囲の色を作り出すことができます。ところが、純粋な色を発光する素子をディスプレイに使用することは現実面で難しく、ディスプレイの作りやすさとの妥協になります。

ところで、三原色の光を混合すると種々の色になるということは、視点を変えると、三原色のそれぞれの強さを表す数値によって色を表現できる、ということです。三原色を同倍率で増減すると、色は変わらずに明るさが変わりますから、明るさも表現できます。ビデオ信号のRGBは、3つの原色の強さを表す数値になっていて、それで各画素の色と明るさを表現しています。ただし、ビデオ信号の数値は、三原色の強さそのものではなく、ある基準値に対する比率になっています。その基準値は、白色を作るときの三原色の強さになっています。ここで何げなく「白色」と書きましたが、実は「白色」というものも、ひととおりではありません。赤みがかった白、青みがかった白など、いろいろあります。三原色と同様、白色も、「これを白とする」というように便宜的に決めるものです。

そのため、三原色と白の選び方によって、同じ色でも異なる信号値になります。この、三原色と白の選定を「カラーガマット」または単に「ガマット」と呼びます。それ以外の呼び方もいろいろあって、「カラースペース」とか、「プライマリー/ホワイトポイント」という呼称になっている場合もあります。

同じ色を表すにも、ガマットによって異なる信号値になります。逆に言えば、信号が与えられても、それがどんなガマットに基づいて作成されたものかを知って、そのガマットに対応したディスプレイでなければ、正しく表示できません。

また、信号に記録することができる色の範囲が、ガマットによって異なります。従来の信号で使われていたガマットは、かつてのCRTディスプレイで表示しやすかった色の範囲に限られたもので、現在のディスプレイはそれより広い範囲の色を表示できる潜在能力があります。しかし、従来の信号ではそれを活かすことができません。従来の信号で使われていたガマットより広い範囲の色を表現できるガマットを、ワイドカラーガマットと呼んでいます。

前節で説明したHDRは輝度方向に表現範囲を拡げるもので、ワイドカラーガマットで拡がる表現範囲とは別次元のものです。HDRでは、新しいガンマによって輝度方向に表現範囲を拡がります。ワイドカラーガマットでは、新しいガマットによって色の表現範囲を拡がります。ガマットとガンマはそれぞれ独立したもので、基本的にどれとどれでも組み合わせることができます。ただし、現実に使用されるガマットとガンマの組み合わせは、おおよそ限られています。

一般には単にHDRと呼ぶことも多いですが、そのほとんどの場合、HDRガンマとワイドカラーガマットが組み合わされたものです。

1-5 EDIUS 9.4で対応しているガマット

表2に、EDIUS 9.4で扱うことができるガマットの一覧を示します。

BT.601(525-line)とBT.601(625-line)はSD映像用に、BT.709はHD映像用に、それぞれ使われてきたものです。

これら以外はすべてワイドカラーガマットで、表現できる色の範囲が拡張されています。BT.2020は家庭用TVで使用されるワイドカラーガマットです。先にも書いたように、BT.601、BT.709、BT.2020規格は、ガンマやガマットやその他の方式をセットで定めた総合的な信号規格です。BT.2020規格のガンマはSDRのものですが、ガマットはワイドカラーガマットになっており、BT.2020規格のガマット部分を使用し、ガンマには別のHDRガンマ規格を組み合わせて使用することが多くなっています。

DCI-P3は、デジタルシネマで使用されることが多いガマットです。

残りのガマットは、カメラメーカーが自社のカメラ用に独自に定めたガマットです。

1-6 EDIUS 9.4のカラースペース

以上のように、現在は多数の信号規格が存在しています。ビデオ信号を正しく処理するには、信号の値だけでなく、どんな規格に従って作られた信号なのかを知らなければなりません。ガマットとガンマは、ビデオ信号規格のなかの重要なパラメータです。

EDIUSで信号規格を指定する場合、ガマットとガンマをセットにして「カラースペース」という項目で指定するようになっています。先に書いたように、一般的にはガマットのみの意味で「カラースペース」という用語を使用する場合もありますので、混同しないようご注意ください。

システム既定のカラースペースの表示名は、 [ ガマット ] / [ ガンマ ] の形になっています。

たとえば「 BT.2020 / BT.2100 HLG 」という表記は、BT.2020規定のガマットとHLGガンマの組み合わせ、という意味です。単に「 BT.2020 」という表記のものは、BT.2020規定のガマットとBT.2020規定のガンマの組み合わせ、という意味です。

従来はこのようなシステムで用意された組み合わせのみ選択可能でしたが、EDIUS 9.2から、システム設定でカラースペースリストを編集することにより、任意の組み合わせを選ぶことができるようになりました。

家庭用TVが対応しているHDRフォーマットは、多くの場合HDR10とHLGです。HDR10はBT.2020ガマットとPQガンマの組み合わせ、HLGはBT.2020ガマットとHLGガンマの組み合わせを使用しています。ですので、配布・配信用のHDRコンテンツを作成する場合には、基本的に「 BT.2020 / BT.2100 HLG 」か「 BT.2020 / BT.2100 PQ 」を出力に指定します。

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